※この記事は『ドラゴンクエストVII Reimagined』レブレサック編の重大なネタバレを含みます。
レブレサック編の終盤で、プレイヤーは一つの選択を迫られる。
「真実の石碑を誰に見せるのか。」
攻略だけを考えるなら、過去の村長に見せることで「しんこうのたね」を入手できる。
ただ、実際に両方の展開を見てみると、この選択はアイテム以上に印象へ残った。
わしが最初に選んだのは、現代の村長だった。
| 選択 | 起きたこと |
|---|---|
| 現代の村長に見せる | 石碑を壊され、真実を否定される |
| 過去の村長に見せる | 現代の歴史が変化し、「しんこうのたね」を入手 |
| わしが最後に選んだ方 | 過去の村長 |
| 理由 | 現代ルートより救いを感じたため |
わしが最初に現代の村長を選んだ理由
「きっと分かってくれるはず」と信じていたわけではない。
少しくらいは受け入れてくれるんちゃうか、という期待はあった。
ただ、それ以上に気になったのは、
「真実を目の前に出されたら、この村長はどうするんやろ。」
ということだった。
レブレサック編はここまでずっと重たい話が続いている。
だからこそ、現代まで真実の石碑を持っていったら何が起きるのかを見てみたかった。
それで、まず現代の村長へ石碑を見せることにした。
現代の村長は真実そのものを壊した
現代の村長へ真実の石碑を見せると、激しく動揺する。

そして石碑を壊し、最後には何事もなかったように真実そのものを否定してしまう。
村長……怖ぁああ!
目の前に証拠が出てきたら考えを改める。
そんな単純な話ではなかった。
むしろ、自分たちが今まで信じてきた歴史を守るために、目の前の真実を消してしまう。
ここまで来ると、間違っているとか頑固とかいう話ではなく、わしにはかなり怖く見えた。
ただ、完全に救いがなかったわけではない。
真実を知った子どもたちは、大人のうそに負けない強さを持とうとする。

村長は変わらなかった。
それでも、次の世代まで同じとは限らない。
わしは、そこだけは小さな希望として残してくれたんやなと思った。
過去の村長に見せると現代そのものが変わる
一方、過去の村長へ真実の石碑を見せる。
その後、現代へ戻ると、子どもが割れた石碑を見つけた穴がふさがっており、そこで「しんこうのたね」を入手できた。

攻略上の報酬だけを見るなら、こちらのルートが分かりやすい。
さらに現代へ戻ると、真実の石碑ではなく主人公の銅像まで建っていた。

「ああ、こういう結末になるんやな。」
少しやりすぎな気もした。
それでも、現代の村長に石碑そのものを壊される展開を見たあとだったので、不思議と安心した。
現代ルートが重たすぎた。
だから最後は、
「もう少し救いのある方を残したい。」
と思い、過去の村長へ見せるルートを選んだ。
どちらが正解なのかは、わしには決められなかった
現代の村長に見せれば、残っていた真実そのものを壊される。
では過去へ持っていけば全部きれいに解決するのかというと、今度は歴史そのものが別の形へ変わり、主人公の銅像まで建っている。
結局、どっちを選んでも歴史は変わる。
だから、このイベントは「こっちが正解」と決めるタイプの選択には感じなかった。
最後は、
自分がどちらの結末なら受け入れられるか。
そこを選ぶイベントなんやと思う。
わしは現代ルートを先に見て、その重さがかなり残った。
だから最後は過去ルートを選んだ。
「しんこうのたね」という名前が妙に引っかかった
過去の村長へ石碑を見せたあとに入手できるのが「しんこうのたね」。

もちろん、このアイテム名に特別な意味が込められていると公式に説明されているわけではない。
たまたまこの報酬だっただけかもしれない。
それでも、レブレサック編をここまで遊んだあとに、
「しんこうのたね」
という名前を見ると、どうしても少し考えてしまう。
石碑のように形に残ったものは壊されるかもしれない。
歴史も、人の都合で別の形へ変わってしまう。
それでも、その時代を生きた人が信じたことや思いまで、全部消えてしまうんやろか。
わしには、そういうものだけは誰かの中に種みたいに残って、いつかまた芽を出すんちゃうかな、とも思えた。
考えすぎかもしれない。
でも、レブレサック編の最後に手に入るものとしては、妙に引っかかる名前だった。
大人になって『ドラゴンクエストVII』の面白さが変わった
子どもの頃に『ドラゴンクエストVII』を遊んだ時は、
「なんかえらい暗い話が多いドラクエやな。開発者、急にどないしたんやろか。」
くらいの印象だった。
せっかく町を救っても、全部がきれいに解決するとは限らない。
後味が悪かったり、
「これで終わりなん?」
と思う話も多かった。
でも、大人になって遊び直してみると、見え方がかなり変わった。

『ドラゴンクエストVII』では、今の町で起きている事件だけを見るのではなく、石板を使って過去へ行ける。
そこで、
「この町で本当は何があったんや。」
という瞬間を、自分で見ることになる。
そして事件を解決したあと、もう一度現代へ戻れる。
ここが今遊ぶとかなり面白い。
自分が過去で見た出来事が、そのまま現代へ伝わっているとは限らない。
伝承が変わっていたり、誰かに都合のいい歴史になっていたりする。
レブレサックは、まさにそれだった。
過去を直接見たプレイヤーだけが、
「いや、本当はそうちゃうやろ。」
と知っている。
この感覚は、ほかのドラクエではなかなか味わえない。

子どもの頃は「暗い話」で終わっていた。
でも今遊ぶと、その暗さそのものより、
人間が出来事をどう受け取り、どう残していくのか。
そっちが気になる。
同じゲームを遊んでいるはずなのに、子どもの頃とは全然違うものに見えた。
これは今の年齢になったからこそ気付いた『ドラゴンクエストVII』の面白さなんやと思う。
村長を見ていて映画『ミザリー』を思い出した
そして現代の村長を見ていて、わしは映画『ミザリー』を思い出した。
最初は丁寧で穏やかな人に見える。
ところが、自分が信じている世界を壊されそうになった瞬間、突然狂気が顔を出す。
石碑を叩き壊す場面なんか、わしには斧でも振り回しているように見えた。
怖いのは、最初から怒鳴り散らすような人物ではないところや。
一見すると、話を聞いてくれそうな雰囲気がある。
それなのに、いざ自分の中の「正しい歴史」を否定されると、真実そのものを消してしまう。
「おどれコラ!」
と怒鳴ってくるチンピラの方が、まだ分かりやすい。
穏やかな顔をしたまま、自分に都合の悪いものを消していく。
わしはその方が何倍も怖かった。
レブレサックの村長、あなたは『ミザリー』ですかな?
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